hakusangogo

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甲子園なんか、大嫌いだった!

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 今もそう思います。でも、振り返ってみると、いろんなことがあった三年前の夏、楽しかったという気持ちもどこかにあります。

 

 もう一度体験したいかと言われれば、できれば体験したくないと答えるだろうけど、お仕事であれば、仕方がないから、それを受け入れて、みんなが無事で、楽しめて、記憶に残って、それなりの時間を過ごしてもらえるのなら、自分なりに努力はすると思います。

 

 自分から仕掛け人にはなりたくありません。やむにやまれず、お仕事として甲子園に行くのであれば、仕方なくいくことでしょう。心から望むものではありません。

 

 でも、もうそういうこともないと思います。私なんかが行けば、すぐに熱中症で倒れるお年寄りになってしまいました。ひたすら、そういうところを避けなきゃいけない人間になりつつあります。

 

 今だって、できることなら、プールでチャプチャプしていたい。でも、プールはないし、プールは太陽光線があるし、とても耐えられません。

 

 というんで、甲子園には行きたくありません。大嫌いということにします。でも、時々見直すこともあるかもしれません。そういう時が来たら、「ほお、おもしろいなあ」なんて言うことにします。コロコロ変われる軽さはあるつもりなんだけど、どうかな。

 

 オリンピック、これも昔は大好きでしたけど、1992年のバルセロナあたりから、あまり見なくなりました。2008年のペキンもひどかったですね。2021年の東京も相当ひどいです。選手のことなんか考えない、金さえ儲かればいいという、金にしか興味のない奴らの餌食になっています。もう見ません。これからも、見ないようにします。

 

 というんで、4連休の最後の日の夕方、クタクタになりながら、早く太陽が沈んでくれたらいいのに、なんて思っています。

 

 みなさん、お元気ですか? お体に気を付けて、この夏を乗り切ってくださいよ。よろしくお願いします。

夏のある日のおべんとう 2021

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 ごはんがどこにあるのかわからないけど、塩昆布と焼き明太子と赤カブ漬けの下にあります。

 

 赤カブは飛騨の「めしどろぼう」という名前の漬け物です。わりと好きです。明太子はもう何十年も好きです。どうしてこんななんだろうね。うちの奥さんは毎朝オーブントースターで焼いたのを入れてくれます。

 

 左上のたまごやき、この日は海苔を入れてくれてます。その右隣りはウインナー、左の下に天ぷら、その隣はもやしときのことニンジンの煮たもの、それらに囲まれてこの日のメインの焼き肉があるようです。

 

 肉はそんなに食べたくないんですよ。みんながワシャワシャ食べてるときは、私でも食べれるのかなと思うけれど、すぐにどうでもよくなってしまいます。

 

 本当に、根気・体力・食欲みんななくしているようです。こんなでは夏を乗り切れないですね。困りましたね。

見晴らす山々、ぬのびきの……

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 九年間うたった校歌が、うまく歌えなかったし、思い出せないです。

 

 まあ、朝の山も印象的だけど、やはり夕方のシルエットの山々、思い出深いです。そういう時間帯に帰るのが楽しみで、時にはクルマを止めて、西の空を見上げたりしたんですよ。

 

 太陽が沈んでいく山々があるのはしあわせです。

 

 ぼんやりと、夕日がどこに行くのか分からないままに一日を終わる人たちもたくさんいるんですよ。三重県はどこ向いても西には山があるから、そこへ沈んでいく夕日と共に、一日の終わりをしみじみ味わえるんでしたね。

 

 そうか、これはしあわせなことだったんですね。

 

 明日も、夕日・夕焼け楽しみに頑張りましょう。空はどこかで誰かにつながっている。空を見上げず、夕焼けも見ない人たちはたくさんいます。

 

 でも、みんな、夕焼け見てみましょう。何かいいことが起きるかもしれないから。

 

 今は一番北っかわに沈んでいるんだと思います。どんどん南に下がっていくし、あんなとこに沈んでくのかと思いたいですよね。

降ったり止んだり、そして、勝った!

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 快進撃はどこまで続くのか、それは私にはわかりません。

 

 ただ、一つでも選手のみなさんがやれることを祈るばかりです。去年も大会はあったけれど、甲子園をめざす大会ではありませんでしたね。

 

 今年は、オリンピックはやってるみたいだし、甲子園も、無観客でも何でもいいから、とにかく行けるとこまで行ってもらいたいです。

 

 もちろん、寄付だってしますよ。お金を持って学校まで行こうかな。

 

 いやいや、まが気が早すぎるな。決勝で勝つときまでじっと辛抱するしかないですね。それまであと十日くらいはあるのかな。そんな時まで野球をやれてたら、それはしあわせなことですよ。そうなればいいですね。

 

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 今の三年生たち、甲子園の翌年に入って来た子たちだったんですね。

 

 どうか、再び行かせてもらえたら、楽しいと思いますよ。よろしくお願いしますね!

 

彼女、元気でいるかな?

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   二年生になって          MA

 

 今までの私は、何もかも中途半端で終わらせてしまって、自分の本当にやりたいことが何なのか分からなくなっていました。

 

 幼稚園の頃から小学三年生くらいまで水泳を習っていました。けれど、姉がバスケットを習っていて、その影響で水泳をやめ、バスケットを習うようになりました。しかし、とても練習がハードで、思ったよりもきつくて、「もう、やりたくない」と毎日思っていました。そういう日が何日か続き、バスケットの練習に行かなくなりました。

 

 何日か経ったある日、家にバスケットを習っている一緒の仲間たちが来てくれて、「また一緒にバスケしようよ」と誘いに来てくれました。みんなが帰ったあとで、親に「自分で考えな」と言われて、よく自分で考えました。

 

 考えた結果、もう一回やってみようと思い、小学四年生の時、バスケットを始めました。けれどやっぱり、バスケットを教えてくれていたコーチに怒られてばかりで、練習もかなりきつくて、「ダメだ。もうやめよう」と思い、小学五年生の時にやめてしまいました。今ではすごく後悔しています。最後まで習っておけばよかったと思います。

 

 小学五年生の最後くらいの時に、もう一回水泳をしようと思い、水泳を始めました。水泳を続けながら、小学六年の時にテニスを始め、それから水泳とテニスを頑張って続けました。

自分のいない場所

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 こんな歌があります。彼女は、もう二度とそこには戻らなかった。あんなに黙々と続けてたのに、あっさりと絶縁したんでした。

 

  夏の空 昨年わたしもそこにいた 響く音に苦しさ感じ

 

 この歌を作った時には、全く無縁になって、姿も見せませんでした。それくらいに彼女は辛い気持ちを抱え過ぎていました。

 

 どうしてそうなる前に、まわりの子らがサポートできなかったのか、それが悔やまれるけれど、彼女に話しかける人はいなかったそうです。

 

 お米をたくさん研いでも、ふっくらゴハンができても、おかずも工夫しても、部員はねぎらいの言葉もなくて、そんなの当たり前のことだと思ってたんでしょうか。

 

 おうちの人なら、素直に「ありがとう」と言えただろうに、彼女には言わなかった。それは献身的に支える彼女の気持ちをズタズタにしたことでしょう。

 

 そして、彼女は去り、吹奏楽部に入った。そうすると、一切関係を持ちたくなかったので、曲は演奏するけど、野球の応援はしなかった。徹底してイヤだったようです。

 

 確かに一年前には自分はそこにいた。でも、自分は二度とそこには戻らないと決意したので、どんなことがあっても無関係・無関心を通しました。それは徹底していて、立派だったけれど、それはそれでザンネンでもありました。

 

 まあ、彼女の気持ちを誰も受け止めてあげなかったのだから、仕方がなかったのかなぁ。

 

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みんなのゼロ戦ある?

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 これはもう十年くらい前の生徒の作品です。ということは、2011年の秋だったのかな。そのころに、ゼロ戦を上から見た絵をイメージできる人がいたということです。

 

 宮崎駿さんの「紅の豚」の影響なんだろうか?

 

 まあ、いろんなところでゼロ戦をイメージすることはできたんですね!

 

 海と陸のコントラストもうまいし、2機のゼロ戦が大きくなったり小さくなったりしているのは、高度の差ですね。上のゼロ戦がほんの少し低いところを飛んでいる。

 

 戦争末期のゼロ戦は、こんなに編隊を組めたのかどうか。まさかすべてが特攻部隊ではなかったと思うので、時には何十機で連合軍に立ち向かった時もあったかもしれません。

 

 でも、もう戦争末期は、無敵だったゼロ戦がどんどん撃ち落されていったということだから、弱点は解明されて、そこをねらわれてみんな海に消えてったんですよ。

 

 そういう物語の一部を版木から掘り出した先輩がいました。彼は今いくつなんだろう。もう30近くにはなっているんだろうな。